ジャン=マルク・ヴァレ『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』

雨の日は会えない、晴れた日は君を想う [DVD]

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破壊と再生。この映画のテーマを要約してしまえば、あまりにも陳腐な整理になるが結局そうなってしまうだろう(ちなみに原題の『Demolition』はそのまま「破壊」を意味する)。この映画はひとりの男が病み、そして狂い、そこから立ち直るまでを描いた映画である。ジャン=マルク・ヴァレの映画は不勉強にしてこれが初めての鑑賞となるのだけれど、なかなか興味深く感じられた。

ストーリーは単純だ。妻を交通事故で失う男が居る。だが、彼はその後も病院の自販機から商品が出て来ないことに、自分の個人的な体験を交えながらクレームを書く。妻を失った男のやることとは思えないことだ。その後も平然と出社する。彼の仕事人間、堅物ぶりが際立っているかのようだ。感情のない男……最初はそんな目で彼を見てしまった。

だが、彼はやはり何処か壊れている。私はこの映画を観ながら、最初『ファイト・クラブ』と『アメリカン・サイコ』というふたつの映画を連想してしまった。筋違いも良いところなのだけれど、会社人間の空虚な日常とそれに慣れてしまって感情が鈍麻している感覚を(ちなみに主人公は映画の中で、心臓/ハートが寄生虫によって食われていることが明かされる)巧く捉えた映画なのではないか、と思ってしまったのだ。

彼は少しずつ狂っていく。妻との回想シーンは殆どと言って良いほど出て来ない。だから妻を彼がどれだけ愛していたか/いなかったかはこちらの想像に訴え掛ける余地があるのだけれど、彼は故障した冷蔵庫を破壊するところから始まり、会社の備品(パソコンなどだ)を壊すという暴挙に出る。彼の破壊行為はますますエスカレートしていき、遂には結婚生活の象徴となる自宅まで壊すことになる。

破壊……それは物質的な破壊だけに留まらない。ネタを割ってしまうが、主人公は防弾チョッキを着た状態で、クレームの担当者の息子に銃を発砲させる。これは、またしても陳腐な言い回しになるが「自己破壊」と言っても良いだろう。自分がどれだけ痛みを感じるか、それを探ってみせる試みとして映る。それは彼にとって快楽として受け容れられる。

金を握らせ、工事現場の解体処理を手伝う彼の一貫した破壊ぶりはなかなかだ。だが、この映画でさほどカタルシスを感じなかったのは私だけなのか。破壊の場面が何処か一本調子に感じられる。物体をただ壊すだけのパフォーマンスが続くので――しかもそれは上述したカタルシス、あるいは逆になるが、ハネケ的な緊張感を伴わないので――なんだか退屈に映ってしまう。このあたり、語り口をもう少し練っていたらと惜しまれる。

私はこの映画を観ながら、またしても頓珍漢な映画を引き合いに出してしまうが『マンチェスター・バイ・ザ・シー』を連想してしまった。『マンチェスター・バイ・ザ・シー』もまた喪失と再生の物語であり、共通するものとしてその渋味があったように感じられたからだ。『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』(それにしても、むろん必然性は認めるが「ファック」な邦題だ)も、仰々しい泣きの演技やラヴシーンでこちらを惹きつけることを禁欲している。それはこの監督の美点なのだろうか? これは是非他の作品も観たいと思った次第。

だが、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』にあった語り口の凝り方、トリッキーな表現は期待出来ない。巧みに回想シーンを挟むことで失われた人物の面影、その存在感の重要さを醸し出してみせたケネス・ロナーガン監督のあの逸品に比べると、『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』は何処か劣る印象を感じる。厳しくなってしまうが、もう少し撮り方において工夫はあったはずだ。むろん、その撮り方の一本調子なところをこそ「ドキュメンタリータッチ」と捉える方も居られると思うので、これは好みの問題になって来るのだろう。

とまあ、ケチをつけてしまったが凡作だとは思わない。こちらが期待値を上げ過ぎていたところもあると思うし、繰り返すが好みの問題もあると思う。それに私は、結局「スジ」の話しか出来ないので、この映画の映像美を語れない。そこから切り込んだ批評を読めればなと思ってしまう。その意味で私はまだまだ修業が足りていないと痛感させられる。

ジェイク・ギレンホールの演技は、先述したように控え目で病んでいる。私はこの俳優を『ドニー・ダーコ』でしか知らなかったのだけれど、随分成長したものだと思わされた。ナイーヴな人間、心に闇を抱えていてそれでいて不敵な笑いを浮かべる佇まいはなかなか好感が持てると思われた。他の俳優も良い演技をしているが、個人的には「ファック」を連発する子役の男の子に興味を惹かれてしまった。彼は今後化けるかもしれない。注意して観てみたいところだ。早速彼の情報を手に入れるべく、ウィキペディアを探ろうかと思う。

と書いて、調べたのだけれどこの映画は批評家の間でも賛否両論あったらしい。私の違和感は少しは正解だったのかなと嬉しく思っている。そういう映画があっても良いじゃないか、と。