ポール・ハギス『サード・パーソン』

サード・パーソン [DVD]

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ポール・ハギス……と言ってもピンと来ない人も多いかもしれない。クリント・イーストウッドミリオンダラー・ベイビー』の脚本を書いた人、と書けばあるいは心当たりを感じる人も居るのではないか。ポール・ハギスはハリウッドを代表する名脚本家として知られている。そんな彼が撮ったのがこの『サード・パーソン』である。

ポール・ハギスが自らメガホンを取った映画は、私は『クラッシュ』を観ていた。『サード・パーソン』も『クラッシュ』と同じく群像劇である。私は不勉強にして『ミリオンダラー・ベイビー』やその他のポール・ハギスが手掛けた作品を観ていないのでなんとも評価し難いのだが、『クラッシュ』は良作だと思った。なので期待して観たのだが、やや肩透かしを食らった形になった。ひと口で言えば、あまり面白いとは思えなかったのだ。退屈さすら感じた。だが、駄作と切って捨てるには惜しい作品であるとも思ったのだ。

『サード・パーソン』は複雑なスジが絡み合って出来上がっている。スランプの小説家、プールに入れない女性、アート関係で活躍する男、娘を奪われている女……そんな人々が例えば夫婦となったり行きずりの恋愛を交わしたりする形で物語は進行して行く。ポール・ハギスらしい入り組んだ構造を備えたこのストーリーは、一度観ただけではなかなか消化し辛いハードな映画となっている。悪く言えば地味で渋過ぎる、面白味に欠けた映画ということになる。この映画を分析するだけで本が一冊書けてしまうだろう。だが、それだけの価値はあるかどうか?

『サード・パーソン』を文字通り訳すと「第三の人間」という意味になる。「第三の人間」……さてそれは誰のことだろうと思ってしまった。それは例えば夫婦仲に居る男女の前に立ち現れる謎めいた女性であったり、登場人物が書く小説の作中人物――この映画では劇中劇が展開している、という解釈も可能である――であったりするだろう。あるいは「Watch me」と囁く誰かであったりもする。ざっくり言えば「他者」だ。もっと言えば、それは神なのではないかと。あるいは、カメラを回しているポール・ハギス自身が「サード・パーソン」なのではないかとも思ったのだ。

さて、この映画を前のめりになって観られなかった原因を書かなくてはならない。先にも書いたが、この映画は地味でなおかつ渋い。燻し銀、という言葉がしっくり来る。大人の映画である。つまり、クエンティン・タランティーノアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥのような作家、スジの面白さで魅せる作家(なんならコーエン兄弟でもクリント・イーストウッドでも良いのだが)が見せる色気というかデーハーさがないのだ。ひたすらストーリーの説明/叙述に淫しているという印象を受ける。そこがこの映画の弱さではないかと思われた。

この映画では子どもが重要な存在として立ち現れる。事故で子どもを失った家族、あるいは自分の娘を攫われた女性。だが、その子どもの不在がこの映画ではさほど劇的に掘り下げて描かれない。何処か蛋白なのだ。子どもを失うということの悲劇性をもっと強調すべきだったのではないか。こちらを感涙させるだけのドラマを期待しても、お門違いにはならないはずだ。それに限らず、この映画はこちらの心を掴むようなデーハーさがない。『クラッシュ』にはそれがあった。それは白人とアフロ・アメリカンの対立や悲劇的場面の挿入に代表されている。そこから比べると、この映画は面白味がない。

なるほど、そういう社会的問題やあるいは悲劇/ドラマを入れるのはある意味では「あざとい」とも感じられる。だからこそポール・ハギスは禁欲したのかもしれない。だがだというのであれば例えばジム・ジャームッシュのように徹底して空虚に徹するか、あるいはロバート・アルトマンポール・トーマス・アンダーソンのようにコミカルに人物のキャラを立たせる手段を採っても良かったはずだ。それがないせいで、ひとりひとりのキャラが立っておらず誰も彼も酷く没個性的に感じられる。そこがこの映画の弱いところではないだろうか。

とまあ、ケチをつけてしまったがスジに破綻はなく面白い映画なので『クラッシュ』が好きな人なら一見を勧めたい。「サード・パーソン」の意味をめぐって考察を繰り広げるのも悪くはないだろう。あとは、もう少し光るショットがあっても良かったはずだ。これもまたこの映画の弱さであるだろう。これ以上のことは『ミリオンダラー・ベイビー』や『クラッシュ』を観てから書き直したい。なんだかんだ言ってポール・ハギスが無視し得ない存在であることは明らかなので、これからの彼の作品に期待したいところである、

この映画、あるいはスルメのような映画なのかもしれない。観直すと散りばめられていた伏線の凄さに気づかされる、というような。だが、流石に観直すのはしんどいので『クラッシュ』の方を先に観てみようかと考えている。決して損はしないはずだ。