リチャード・カーティス『アバウト・タイム』

二度観た。一度目に観た時は「こんな映画あり得ない」と思った。二度目に抱いた感想は、「(ギャグが)細かいなあ……」というものだった。洒脱な語り口に、私は乏しい映画的知識を照らし合わせて「これはエルンスト・ルビッチの世界ではないか」と思ってしまったのだった。

21歳の誕生日、主人公は父親からとある秘密を聞かされる。それは自分たちの家系の男たちは過去に遡行して人生をやり直せる力を備えているというのだ。主人公はその能力を駆使して憧れのガールフレンドと出会おうとするが、なかなか巧くいかない。だが、ある女性との出会いから事態は一変し……というのがプロットである。

過去に何度も戻ってやり直しをする彼の姿は、言うまでもなく滑稽である。そして、ストーリー自体も荒唐無稽である。愚直にタイムトラベルを考えるならどうしても『バタフライ・エフェクト』のようなタイム・パラドックスの問題にぶち当たらざるを得ない。この映画はそういうタイム・パラドックス問題を回避している。そのあたりで「あり得ない」と思ったのだった。だが、それを巧く持っていくのが才人リチャード・カーティスの脚本と、ドーナル・グリーソンやレイチェル・マクアダムスの演技である(特にレイチェル・マクアダムスの笑顔の可愛らしさ!)。

二度目に観た時は、何度もしくじってはやり直しを試みるドーナル・グリーソンのその姿に、そして彼が犯す様々な失敗/しくじりに滑稽さを感じさせられてしまった。この映画のギャグは本当に良く出来ている。主人公がレイチェル・マクアダムスと何度も交わろうとする(下品な表現で申し訳ないのだが)あたりがウブな男の子という感じで生々しく、こちらにも共感を以て接せるものとなっている。レイチェル・マクアダムスも最初は垢抜けない存在だったのが段々チャーミングになって来て、その変貌ぶりに驚かされる。

以下ではこの映画を少しだけネタを割る。主人公の妹が、ロクでもないボーイフレンドに引っ掛かってしまって飲酒運転で事故を起こす場面がある。レイチェル・マクアダムスは彼女が自力で自分の人生を取り戻さなければならないと語る。でも、主人公はタイムトラベルを試みる。だがその結果は巧くいかない。主人公はレイチェルの言葉に従い、妹が自分の主体性を取り戻すのを待つ。このあたりのメッセージ性もなかなか深い。自分の人生を切り拓くのはいつだって自分……そんなキビしい、だけどポジティヴなメッセージが隠されている。そこに気づかないで見過ごしてしまっていた。

音楽の趣味も良い。特にザ・キュアーの「Fryday I'm In Love」が流れるあたり、なんでもない場面なのだけれどこの音楽とシチュエーションにピッタリハマっている。こんなに音楽の使い方が巧い監督は、キャメロン・クロウクエンティン・タランティーノくらいではないだろうか。リチャード・カーティスという人の映画は不勉強にして全然フォローしていなかったのだけれど、これは要チェックという印象を受けた。これが最後の監督作品だそうで、『ノッティングヒルの恋人』や『ラブ・アクチュアリー』を観たくさせられてしまう。

もう少しネタを割る。主人公はとある出来事が切っ掛けで、人生を巻き戻さないことを決意する。そして、その日その日を大切に生きようと誓うのだ。このあたり人間賛歌というか、人生に対するこれまたポジティヴなメッセージが現れて出ているように感じられて興味深い。この映画はムカつくような悪人がひとりも出て来ない。そこがこの映画の限界であるとも言えるが、だとしたらエルンスト・ルビッチの映画だって悪人は出て来ないではないか。世界は絶望するにはまだ早い、という監督のコメントが聞こえて来るようだ。

その日その日を、二度とやり直しの効かない日々を大切に生きよう――それがこの映画が放つ究極のメッセージである。この映画を手にしたのはたまたまだったのだけれど、観終えて改めて心が洗われるような気持ちにさせられてしまった。そんなベタ甘なメッセージを、しかし陳腐に感じさせずに観させるのだから大したものである。リチャード・カーティスの映画をもっとチェックしなくては。いや、私も44歳に差し掛かって人生についてくよくよ思い悩んでいた心境でこの映画を観たので、そんなポジティヴなメッセージ/コメントに、改めて励まされた。

老若男女、誰にでも受けるタイプの映画であるとも思う。若者はドーナル・グリーソンのウブな行動を笑いながら観れば良い。そして私のような中年はやはり彼の幼さを笑い、かつ亡くなっていく人々の姿に己にも訪れる死を思いながら観れば良いのだ。そう考えてみればこの映画の間口の広さに気づかされる。やや「女性はどうこの映画を観るだろうか」と心配にさせられたのだけれど、それは杞憂だろうか。女性もドーナル・グリーソンの行動をウブだと笑うか、それとも……? ともあれ、なかなか噛みごたえのあるスルメのような映画だ。