アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ『BIUTIFUL ビューティフル』

BIUTIFUL ビューティフル [DVD]

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二度目の鑑賞になるのだけれど、最初に観た時と同じことを考えてしまった。「変わったな」と思ったのだ。これまで脚本家のギジェルモ・アリアガとタッグを組んで『アモーレス・ペロス』『21グラム』『BABEL』と傑作を送り込んで来たアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥだが――個人的な評価としてはやはり『アモーレス・ペロス』が優れていると思うが――今回はタッチを変えて社会派のアプローチで攻めて来たのだ。いや、ヒューマン・タッチとでも言おうか。イニャリトゥの実験を恐れない精神には頭が下がる。

アモーレス・ペロス』『21グラム』『BABEL』で共通していたのは、三つのスジが入り乱れて展開するストーリーテリングの凝り方だった。それと比べると『BIUTIFUL』はさほどストーリーテリングは凝っていない。直球、もしくは豪速球とも言えるだろう。くだくだしい前置きは止めて本題に入るなら、この映画はひとりの男がガンであることを知らされ、そして死ぬまでを極めて生真面目に綴った映画である。彼の名はウスバル。裏社会に通じていて、ドラッグのディーラーや中国人の密売人とカネのやり取りをして(上前をはねる、というやつだ)暮らしている。

そんな話、何処が面白いのかと思われるかもしれない。確かに『BABEL』の見事な達成と比べると退屈と言えば退屈な話だ。少なくとも一度目に観た時はさほどこの映画を傑作だと感じなかった。裏社会の描かれ方も子どもたちへの愛も、もっと大きなスケールで言ってしまえば社会派的なアプローチも「何処かで観た」ようなものだと思われたのだ。鈍い既視感を覚えたというか、二番煎じ感を抱いたというか。もっと言えば陳腐だと……だが、今回観て「いや、待てよ」とも思った。「意外と変わっていないのかもしれないな」、と。

先に書いたことと矛盾するこの「変わったな」と「意外と変わっていないのかもしれないな」という感想は何処で結びつくかというと、『アモーレス・ペロス』だ。『アモーレス・ペロス』もまたメキシコの(裏)社会を描いた作品であった。たまたま『アモーレス・ペロス』を観終えたのが最近だったからか、同じ監督が撮ったのだからまあ当たり前のことなのだが「『アモーレス・ペロス』のタッチがそのまま現前して来ているな」と思われたのだ。ひりつくような感じ、というか……『アモーレス・ペロス』は好きな作風なので、だから似通ったこの作品は原点回帰と呼べるのかなとも思われた。

イニャリトゥ監督の作品は以後『バードマン』『レヴェナント』と続くのだが、『BIUTIFUL』以後も彼は手を変え品を変え、次々と新しい語り口/切り口を思いついてはそれを試していく。その姿勢は見事としか言いようがない。そして、エンターテイメント的にも見事に成功しているのがまた凄いのだった。また語り直すこともあるかもしれないが、『バードマン』の疑似ワンカット撮影や『レヴェナント』のダイナミックな映像美は悪く転べば陳腐になりかねないそのギリギリのラインを巧く切り抜けていると思わされる。

話を『BIUTIFUL』に戻せば、死生観を問う作品とも言えるだろう。ここから私語りになるが、私自身死を意識しているのでウスバルの己自身の死と愚直に向き合う姿勢、不器用にしか生きられない男の佇まいを――彼は死者と交信する能力があるらしいのだが――なんだか他人事のようには感じられなかった。私もまたいずれ死ぬ。ギジェルモ・アリアガとタッグを組んでいた頃の作品も死は愚直に描かれていた。それが作品にヒューマン・タッチな膨らみを与えていたが、『BIUTIFUL』でも変わりはない。それもまたイニャリトゥの凄味だろう。

イニャリトゥ、私は侮れない監督だと改めて思わされた。日本で言えば李相日みたいな才能の持ち主と言えようか。手法を巧みに切り替え、エンターテイメント性を保ちながらなおかつ実験的なアプローチを試みて、そしてこちらを唸らせる。悪く言えばそれだけ狡猾で計算高さが鼻につくとも言える。そこをどう評価するか……李相日の名を書いて、例えばイニャリトゥが李相日の『悪人』や『怒り』を観たらどう評価するだろうかとも考えてしまった。まあ、ここから先は妄想になるので考えるのは控えようか。面白いと思うが……。

『BIUTIFUL』、次に続く『バードマン』『レヴェナント』がもっと凄いことを幸か不幸か踏まえた上で観てしまったため、端的な評価を下せば「イニャリトゥとしては」佳作と考えられる。だけれども、つまらないわけではない。『アモーレス・ペロス』『21グラム』『BABEL』の家族愛――家族愛もまたイニャリトゥの重要なテーマだ――がここにも現れており、そう考えれば改めて監督の律儀さに唸らされる。イニャリトゥ、次はどう出るのか楽しみでならない。ウィキペディアではまだ日本で紹介されていない作品があるようなのだが……?