テレンス・マリック『ニュー・ワールド』

テレンス・マリックに関しても、さほど映画をフォローして来たわけではない。初遭遇が『シン・レッド・ライン』で、なんだか難解で眠い映画だなという程度の感想しか抱いていなかった。今のようにマメに映画を観ていなかった時期の話だ。今観たらきっと違う感想を抱くに違いないのだが。

その後『ツリー・オブ・ライフ』を観て、なんだか面白い映画だなと思わされた。手放しで礼賛するかというとそうではないが、これから語る事情により私もテレンス・マリックという監督を受け容れられそうだなと思えて来たのだ。『ニュー・ワールド』もまたこちらを刺激する映画だと思われた。

ストーリーは実に簡単。17世紀初頭、未開の土地(アメリカ?)にイギリスから人々がたどり着く。そこで原住民と争いごとになる。一時は血で血を洗う争いごとになるかと思われたが、すんでのところで原住民の娘が侵略者のイギリス人のリーダー命を救うことで彼らは共存共栄することになる。娘とリーダーは恋に落ち、娘は英語を理解出来るようになる。ふたりの距離は縮まる。しかし、彼らにも別れがやって来る。その後娘は別の男と恋に落ち、イギリスの土を踏む。そこでリーダーと再会し……というのが概略となる。

とまあ、陳腐と言えば陳腐なスジだ。スジだけの面白さで語るならこの映画はさほど面白いものではない。ストーリーを盛り上げる色気を欠いているからだ。キスひとつ描かれないロマンス。そんな映画、面白いものになるわけがないだろう。だったらなにが面白いかと言えば、結局映像美ということになる。こちらにあざといくらいに巧く、自然光にこだわり抜いた映像を見せることでテレンス・マリックは徐々に自分の世界へ観衆を誘う。その手腕は下手をするとスタンリー・キューブリックバリー・リンドン』以上かもしれない。

「何故世界には色というものがあるのだろう?」というヒロインの自問自答が印象に残った。こんな素朴な、陳腐極まりない問いをしかしマジに受け容れること。本気になってこの問いと愚直に対峙する……テレンス・マリックが要求しているのはつまり、そういう「子どもに帰ること」なのだろうと思う。幼かった時の、なにもかもが初めて/新鮮に感じられる時期に戻ること。私自身大人になり切れていない人間という自覚があるので、自分自身の童心を刺激されたようで不思議とノスタルジックで神秘的な気分にさせられてしまった。

逆に言えば、そういう先祖返り的なスタンス、全てのガードを解き放って童心に帰ることを快く思わない人も一定数居ることもまた確かだろう。そんな観衆は――例えば蓮實重彦が『ツリー・オブ・ライフ』に対して示した反応のように?――この映画を口を極めて罵ると思われる。それはつまり、監督の作品に誘われて子どもに帰ることは即ち、この映画が生み出すマジック/トリック(マリック?)を無批判に受け容れろということなのだから。私は蓮實のエピゴーネンになろうとは思っていないので、ここでスタンスが別れるのはしょうがないなと思われた。

そんなわけで、私はこの映画を観て久々に子どもに帰ることが出来てとても満足だった。全てのガードを解き放って世界を見てみよう。スマホの画面越しではなく、直にこの目で、この肌で、全身で……そうすれば世界は如何に美しく感じられることだろうか。テレンス・マリックが一貫して放ち続けているメッセージとはつまりそういう世界への全身全霊を込めた肯定なのだろうと思う。危うく転べばそれが「世界を丸ごと受け容れろ」というファシズムに堕することを危惧した上で、この映画に対峙するしかない。なかなかその意味では難しい映画だ。

とまあ、腐したような良く分からない感想になってしまったのだけれど私はこの映画を肯定する。この映画を批判する人がシネフィルと呼ばれるのだとしたら、私はシネフィルではありたいとはこれっぽっちも思わないので批判されても仕方がない。今日はもう遅いので明日あたり早起きして、公園を散歩しながらテレンス・マリックが繰り出す舐めるような浮遊感のあるカメラワークを意識して、この目で葉桜を鑑賞したいなと思わされた。これは皮肉でもなんでもなく、本気で書いている。世界への限りない祝福。悪くすれば「スピリチュアル」になりかねない境地を際どく描いた作品だと思う。

もちろん、私自身子どものままで良いとも思わないので自分自身の大人の部分をもっと育てたいなとも思うのだけれど、これはもう体質の問題なのかもしれない。この映画を批判する人は、例えばヴィム・ヴェンダースベルリン・天使の詩』のような童心に訴え掛ける映画をどう観るのだろうか。そう考えて行くと興味が尽きない。テレンス・マリック、なかなか罪作りな作家と言えそうだ。永井均的な、「子ども」に向けて作られたテツガク的映画として、この作品を私は推す。決してエンターテイメント的な面白さを期待しないで、鑑賞して欲しい。