テレンス・マリック『トゥ・ザ・ワンダー』

トゥ・ザ・ワンダー [DVD]

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テレンス・マリックトゥ・ザ・ワンダー』を観た。結論から言えば、テレンス・マリックは前作『ツリー・オブ・ライフ』から変化はした。でも成長したかと言うと難しい。良かれ悪しかれ、こちらの期待を裏切らない出来となっている。守りに入ったか? 『ツリー・オブ・ライフ』を酷評した蓮實重彦はこの映画をどう観たのだろうか。

ストーリーは例によって簡単だ。男と女、そしてふたりの間の娘。男と女は別れ、男は別の女と出会う。ロマンスが始まる……しかしそのロマンスは続かない。また元妻とよりを戻そうとするが……そんな一筆書きのようなストーリーが特にダイナミズムを感じさせないまま繰り広げられる。

ダイナミズム、という言葉が出てしまったので驚く。『ツリー・オブ・ライフ』が凄かったのは言うまでもなくあの映像のダイナミズムだった。ただの親子喧嘩が宇宙的スケール(それこそスタンリー・キューブリック2001年宇宙の旅』にも似た)で繰り広げられるのと比べると、この映画はそういうスペクタクルの旨味はない。そこが『シン・レッド・ライン』『ニュー・ワールド』との違いでもある。この映画はミニマルなのだ。ロマンスは極めて常識的にロマンスとして描かれ、奇を衒ったところがない。だからテレンス・マリックの世界の入門編になり得るのではないか。

相変わらず自然光の旨味を活かした映像にやられてしまう。あるいは、異様に多いカット数。小刻みな映像が、しかしミニマル・ミュージックのように展開される。先述したことと矛盾するが、映像のそういう刻まれ方がスティーヴ・ライヒの音楽にも似たダイナミズムを生み出していると思った。テレンス・マリックは、あるいは日常をこそ描きたかったのではないか。『ニュー・ワールド』では歴史を、『シン・レッド・ライン』では戦争を、『ツリー・オブ・ライフ』では人生を描いた。どれもスケールはどでかい。語るに値する重大なテーマを孕んでいる。だが今回の作品はそれがない。

正直なところ、観終えたあとはやや不満が残った。ミニマルな日常を描きたいのであれば、ストーリーの旨味を増すべきだろうと。映像の美しさだけで勝負するのはかなりキツい。だけれども、こう考えて行くとテレンス・マリックは自分自身の壁を破らんとしたのかなとも思われる。つまり、題材をミニマルに持っていきそのミニマルな題材をテレンス・マリックなりのやり方で料理しようとしたのかな、と思ったのだ。あるいは、私の解釈が間違っているのかもしれない。この映画のテーマは恋愛なのではないか。それも極めてスケールの大きな……。

このあたりで自問自答してしまう。恋愛。これはスケールの大きなテーマだろうか。それともミニマルなものだろうか。確実に言えるのは、「歴史」「戦場」が非日常であることと比べて「人生」「恋愛」は日常に属するものだ。だというのであれば「人生」を宇宙を持ち出してスケールの大きな話に仕立て上げたテレンス・マリックは「人生」を非日常と見做したと考えて差し支えないだろう。だが、彼は愚直に「恋愛」を語った。そこには如何なるメタファーもない。強いて言えば「夢」か。人生は夢、好きなように生きれば良い……。

そう考えて行くとこの映画はデヴィッド・フィンチャーベンジャミン・バトン 数奇な人生』にも似た人間賛歌なのかなとも思う。いや、テレンス・マリックの映画は基本的にポジティヴな映画だと思われるのだけれど、フォローし切れていない映画もあるので断定は出来ない。だけど、ハッピーな気持ちになれる映画であることは確かだ。それをあざといメタファーを持ち出すことなく、真っ向から語ったという意味では変化なのかもしれないし、もしかするとテレンス・マリックは成長して一皮剥けた、のかもしれない。このあとに続く作品を観てみたいところだ。

観ながら、例えば日常系と称されるアニメや映画を連想した。例えば石川寛『ベダル ダンス』『好きだ、』といった映画だ。だが、石川の映画は俳優の即興の演技で魅せる類のものだった。この『トゥ・ザ・ワンダー』では何処まで俳優の即興性は許されているのだろうか。完璧主義と考えられるテレンス・マリックだが、あるいは……このあたりリサーチが追いついていないのが私の情けないところ。どの人物もナチュラルに(悪く言えば大人し目に)演技をしていて、それが不思議と鼻につかない。それもまた驚くべきことなのかな、とも思う。

と考えて行くと、テレンス・マリックが一皮剥けた可能性が考えられるということになり「成長」を遂げたのかなとも思われる。これはなかなか興味深い。侮り難い野心作? なにはともあれ、凡百の日常系映画を超えた達成を示しているのは確か。ただカメラを回せばそれで事足りると勘違いしている監督と比べると、遥かにこの映画は素晴らしい。このあたり、どう考えたら良いのか迷う。この映画が気に入った人は石川寛の映画も観てみて欲しい。きっと損はしないはずだ。またしても難しい映画に出会ったものだと思わされた。