ドゥニ・ヴィルヌーヴ『静かなる叫び』

静かなる叫び [DVD]

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静かなる叫び」。なんとも意味深なタイトルだ。「叫び」は本来「静か」なものではないだろう。言葉の矛盾……単なる言葉遊び?まあ、邦題で原題とは全然違う意味だし。だが、これが「あの」ドゥニ・ヴィルヌーヴが撮った作品なのだと考えると単に「言葉遊び」と斬って捨てられない渋味があるようにも感じられる。

舞台はモントリオール。一通の手紙を男が書く。そこには、女性たちに対する呪詛が込められていた。彼は大学に行き、そこで女性たちを、次いで男たちを――つまり殆ど全ての人間を――殺す。そして自殺。それを止めようとして止められなかった男が、あるいはその事件で生き残った女が存在する。話はその三人に焦点を当てて語られる。社会派、と言っても良いだろう。私が乏しい映画的知識の中から参照すべき作品として考えついたのはガス・ヴァン・サント『エレファント』だった。ドゥニ・ヴィルヌーヴは何処までガス・ヴァン・サントのあの名作を意識していたのだろうか。

女性たち、というとこれまで観て来たドゥニ・ヴィルヌーヴ作品で女性たちが紛れもなく特殊な存在として描かれていたことに気づかされる。『プリズナーズ』では鍵を握るのはアレックスという名の男をかくまう女性だし、『ブレードランナー2049』ではボスの女性とレプリカント製造会社のチーフの女性が重大な役目を果たす。そして、『メッセージ』の主人公は女性なのだ。もちろん女性の社会進出が進んで来たことが映画に反映しているのであり、監督とはなんら関係がないことかもしれない。しかし、彼の意識の中にないとしてもこうした女性の活躍ぶりは特筆に値する。

だから、この映画に監督の女性観をついつい読み取ってしまいたくなる。裏返せば男性観を読み取るということでもある。ドゥニ・ヴィルヌーヴはマッチョな人間を描けない。『ブレードランナー2049』のKはホログラムの女性を恋する(あるいはその女性から愛される)ひ弱な存在だったし、『メッセージ』の軍人も科学者も居丈高に振る舞いながらも結局は主人公の女性の下に仕える存在なのだった。『プリズナーズ』のヒュー・ジャックマンだけは別格か? にしても、彼の末路を考えればマッチョは女性に敗北する……と読み取ってしまいたくなる。

という読みは穿ち過ぎかもしれないが、ドゥニ・ヴィルヌーヴにとって女性は良かれ悪しかれ畏怖すべき存在であると読めば辻褄が合うように思う。だからこそ、この映画で単純に「ミソジニー」を読み取ったりしてはならない。監督のフェミニンな感受性をこそ読み取らなければならない。女性たちを畏怖するからこそ、女性たちが殺される映画を撮った……と私は捉えたい。フェミニストがこの映画を観ればどう思うだろうか。荒削りなところは多々あるが、最後も手紙で締め括られる見事な出来栄えに唸らされた。それでいて、タッチは静謐としている。

77分と短い尺ながら、この映画は緊張感を保ち続けており音楽もさほど扇情的に流されない。上品な作品だと思われる。ガス・ヴァン・サント『エレファント』について語ったが、これ以上の対比・比較をするとなると『エレファント』を観直さなければならないようだ。だからこの話題について多くを語るのは止めよう。

社会派、という点からも語りたくなる。『ブレードランナー2049』『メッセージ』では人生観を読み取りたくさせられたのだけれど、架空の事件を扱ったそういう映画と比べて現実の事件を扱ったこの作品はドゥニ・ヴィルヌーヴという人物の事実への対峙の仕方が現れていると思う。それは――『ブレードランナー2049』『メッセージ』がそうであるように――決して仰々しく物事を語らない/煽らないということだ。だからこの映画の悲劇は醒めている。ラース・フォン・トリアーの映画すら彷彿とさせられた……のだけれどどうだろうか。

つまり、どんな題材を扱ってもドゥニ・ヴィルヌーヴの姿勢はブレない。リアリティを保っていようが保っていまいが、彼は荒唐無稽に語ることもしないしマッチョに語ることもしない。事実(ファクト)と愚直に対峙しそれを醒めた姿勢で記録する。それが彼の映画の醍醐味というわけだ。『ブレードランナー2049』『プリズナーズ』での長さが中弛みした長さではなかったのと同じように、この映画の潔さも監督の計算高さを窺わせる。なかなかしたたかな監督、と言えそうだ。彼がリメイクするという『デューン』はどんなものになるのだろうか。

女性が強く、しかしそれは男根崇拝を裏返したような「女が男になる」という反動にも陥らない。男を蹴散らす女を極めてフェミニンに描いている。フェミニズム映画という側面から、この監督はどう評価されるのか。私はフェミニストではないのでその観点からの評価は出来ない。論客が現れることを期待したい。ドゥニ・ヴィルヌーヴの才能はこれからも伸びることだろう。この作品自体は習作/佳作の域を出ないものだけれど、それでも楽しめる。見事な出来栄えに唸ってしまった。これ以上語るのはシロウトの戯言になるので控えたい。