ヴィンチェンゾ・ナタリ『スプライス』

スプライス [DVD]

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ヴィンチェンゾ・ナタリとはまた懐かしい名前を見てしまったと思った。『CUBE』というカルト・ホラーの名作で(未見の方は是非!)私の記憶に名を残した人だった。だから彼の「その後」を知りたくてこの映画を観たのだけれど、ある意味では肩透かしを食らわされて終わってしまった形になった。

観ながらどうもギレルモ・デル・トロシェイプ・オブ・ウォーター』を想起させられてしょうがなかったのだけれど、実はこの映画の製作総指揮が彼であることを知り納得が行ってしまった。クリーチャーが女性であるという性別の裏返しを除けば、図式的には半魚人を女性が恋するといった『シェイプ・オブ・ウォーター』をそっくりなぞったような作品と言っても良い。クリーチャーの造形やオールディーズを効果的に流すあたり、まさしくギレルモ・デル・トロのファンなら堪らない出来となっている。いっそのこと彼がメガフォンを取っても良かったのではないか、と思うくらい。

話が先走ってしまったようだ。ふたりの夫婦の科学者が居る。彼らはラボに無許可で新たなるクリーチャーを作ろうと試みる。出来上がったのは両生類のメスの、毒針を備えた尻尾と翼を持つ以外は人間にそっくりな存在だった。彼女に「ドレン」という名をつけて、彼らは秘密裏に研究開発を行う。ドレンは自我を芽生えさせ、次第に秘密裏にされ拘束される存在から脱出したいと考えるようになる。しかし夫婦はそれを許さない。やがて、惨劇が訪れる……それがこの映画のプロットである。まあ、ありがちと言えばありがちなストーリーだ。

さて困った。ヴィンチェンゾ・ナタリの映画は『CUBE』しか観ていない。しかも大昔の話だ。だから彼の作風と照らし合わせてこの映画を云々することはこちらには出来ない。ギレルモ・デル・トロの映画は、私は特撮は食わず嫌いが祟ってしまって『パシフィック・リム』を観てないのだけれど『パンズ・ラビリンス』『シェイプ・オブ・ウォーター』についてならある程度は語ることが出来る。だから、どうしてもこの映画をギレルモ・デル・トロの映画として語ってしまいたくなる。このふたり、裏でどういうやり取りをしたのだろうか? それほど、ヴィンチェンゾ・ナタリの映画という気がしないのだ。

テーマは、バイオエシックスの前で人道はどうかということになるだろう。だが、そういう良く言えば教訓的な、悪く言えば説教臭いメッセージを読み取ろうとすると空振りに終わってしまう。この映画から読み取れるのはそういう教訓/説教ではないのだ。ギレルモ・デル・トロの映画が常にそれに淫しているように、甘いロマンスがこの映画を貫いていると思われる。あとはクリーチャーに対する過剰なほどの同情の念。この映画を観るとドレンに感情移入して「いいぞもっとやれ」と思ってしまうのではないだろうか。

パンズ・ラビリンス』『シェイプ・オブ・ウォーター』がロマンスや夢の世界を描いていたことと比べると、この映画はぐっとリアリズムに接近している。強いてこの映画にヴィンチェンゾ・ナタリの存在感を見出すとするならそれくらいだろうか。ギレルモ・デル・トロの怪奇趣味をヴィンチェンゾ・ナタリは否定せず、職人として徹した上で更にサスペンスの要素を(この「サスペンスの要素」も、ギレルモ・デル・トロの映画にはあまり見られないものだ)取り込んだ、と言えるのかもしれない。ギレルモ・デル・トロのファンなら実験的な境地を目指したものとして捉えられるのではないか。

それにしても、ギレルモ・デル・トロはどうして斯くもクリーチャーに拘泥するのか。彼の作品のナードな佇まいは――『パンズ・ラビリンス』は明らかに『ミツバチのささやき』に対するオマージュだし、『シェイプ・オブ・ウォーター』もレトロスペクティヴな感覚のするマニアックな映画だった――確かに他の監督と比べて独特の味わいを出している。デヴィッド・リンチデヴィッド・クローネンバーグの怪奇趣味を更に煮詰めたような、そしてそれをポップに昇華したかのような作風は何処から来るものなのか、興味は尽きない。

あまり良い評価はされていないので、こちらも「ヴィンチェンゾ・ナタリってどんな映画を撮ったのだろう」という程度の興味で観たのだけれど結果としてはギレルモ・デル・トロに関してこうやって考える切っ掛けを与えてくれたので、まあ良い映画だと思われた。やや尻すぼみ気味に終わるきらいがないでもないのだけれど、ストーリーはソツなくまとまっているし(悪く言えば、こちらの期待を裏切るものがない)、良作なのではないか。ギレルモ・デル・トロのファンにお薦めしたい映画である。とはいえ、ヴィンチェンゾ・ナタリの個性をこの映画に見出したいという気持ちも抑え切れないので、まずは『カンパニー・マン』を観ようか?