アンドレイ・タルコフスキー『ノスタルジア』

ノスタルジア [DVD]

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私が初めて観たアンドレイ・タルコフスキーの映画は『惑星ソラリス』だった。私はそれほど記憶力が良くないのであの映画に関しても観直してみなければ分からないところが多々あるのだけれど、今でも覚えているショットは主人公が炎に包まれる場面だった。あの映画でタルコフスキーは火と水の映画を撮る人という印象を受けてしまったのだ。知られる通り『惑星ソラリス』は意志/意識を持つ水と主人公がコンタクトを試みるという映画なのだけれど、火と水という相容れない存在を同居させる試みが本作『ノスタルジア』でも試みられているように感じられた。

ストーリーの紹介は私は、実は二度目の鑑賞となる今回でも出来そうにない。説明的な台詞がないのだ。世界を救うためにひとりの男が演説し、ひとりの男が水の上を渡る――そんな抽象的なことしか語れない。だからこれに関してはウィキペディアに譲るという話になる。甚だ情けない話だ。だからここからは本当に私の(いつものことだが)繰り言になる。映画評論を目指してこのブログをやっているわけではないので、そういう本格的な考察をお望みの方はここで引き返していただければ有難いと思う。これは本心から思っていることだ。

さて、火と水である。『ストーカー』を昨日観たのだけれど、『ストーカー』もまた火と水を融合させている作品だった。それは繰り返すが『ノスタルジア』でも変わらない。火と水。奇妙なエレメントの組み合わせだ。水は火を消す方向にしか働かないし、同じことは水に対する火の存在にも言える。火は水を蒸発させて消してしまう存在なのだ。相容れないものが、タルコフスキーの世界では自然に融合する。その手腕に私は唸らされてしまった。最後の最後で水に火を消されないように慎重にロウソクを手に渡る男の長回しが印象に残ったのだ。

そして、犬もまた重要な存在であるように思われた。火と水、そして犬。共通項なんてないように思われる存在たちだが、どれも人間の思い通りにはならないという点で――つまり「異物」としてある、という点で――共通している。考えてみればそんな水という「異物」とコンタクトを図る映画が『惑星ソラリス』だったわけで、『ストーカー』はゾーンという「異物」と遭遇する話だった。この映画はどんな「異物」と遭遇していると言えるのか。そこまで考えが回らない。今度鑑賞する時の宿題にしたい。ただ、ひとつ言えるのはこの映画が世界の終わりを語っていることだ。

アンドレイ・タルコフスキーが生きた時代は核の恐怖があった時代でもあった。ヒロシマナガサキが記憶に新しかった時代であり、冷戦の時代でもある。世界はいつ破滅してもおかしくない。逆に言えばそんな脆弱性を備えた世界を私たちはなんとかして救おうとしなくてはならない。そんな切実さが、宗教的なモチーフと絡めて語られる。ここにタルコフスキーの凄味があるように感じられた。悪く言えばそれだけこちらに宗教的知識を用意させる映画なので、無教養の徒である私は置いてけぼりを食らった形になってしまう。

そう考えて行くと、タルコフスキーが『ノスタルジア』で描こうとした「異物」は世界の終わりを救う存在、つまり「神」だったのではないかという話になって来る。「神」と愚直に対峙した作品。そして、なによりも世界を世界と定めている存在として(別の言い方をすれば、私たちが私たちであると保証している存在として)、記憶/過去が挙げられるだろう。ここで『ノスタルジア』というタイトル、つまり過去への郷愁が重要なものとして今一度思い返させられざるを得ないわけだ。少なくとも映画的シロウトである私はそう読み取った。

それでは、世界の終わりなんて到底訪れそうにない時代に『ノスタルジア』をどう観れば良いのだろうか。まず言えることは、「神」が存在しようがしまいが――「神」の存在証明なんて時間の無駄だろう――私たちが記憶に保証されている存在であることは確かであり、そこからそれぞれの甘美な幼年期とそれらを保証してくれた世界に対する慈悲を捨てないで生きることが大事なのだろうと思う。縮めて言えば、生きてるだけで丸儲けとなろうか。生きることを肯定するタルコフスキーの姿勢は、そのまま後の監督に受け継がれているように思われる。だが、これ以上は流石に語れない。

ともあれ、ここまで語って来てふと『アンドレイ・ルブリョフ』について語ることが出来なかったことに気づき、恥を感じる。タルコフスキーの映画について語るなら『アンドレイ・ルブリョフ』にも言及しなければアンフェアというものだろう。そのあたりまだまだ修行が必要なようだ。とまあ、尻すぼみ気味にこの文章を〆ることにしたい。アンドレイ・タルコフスキー、世間でどう評価されているのか私には分からないのだけれど意外と「絶望映画」として観るのは悪くない映画なのではないかと思う。次は『僕の村は戦場だった』を観ようか?