ガス・ヴァン・サント『ラストデイズ』

ラストデイズ [DVD]

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ガス・ヴァン・サントの映画も、私自身の怠慢によりさほど観ていない。その印象で朧気ながら語るなら、彼の映画は悲劇を描くことで際立つように思う。例えば名高い『エレファント』はどうだろうか。実際に起きた射殺事件をモチーフに描いたあの映画は、しかしその悲劇を淡々と描くことで名作たり得たのではないかと思う。

『ラストデイズ』は、ニルヴァーナのフロントマンであるカート・コバーンをモデルにしたミュージシャンが自殺するまでの数日を描いている。この映画もまた――言うまでもないが――悲劇である。だが、その描かれ方は淡々としていて、そしてシュールですらある。

この映画を観るのは二度目になるのだけれど、例えば訪問販売/セールスマンが訪れて噛み合わない会話をしたり、宗教の勧誘に男たちがやって来たりという場面の旨味を観落としていたことに気づかされる。間が微妙に開いた会話が、ミュージシャンの孤独を描き切っているように思う。

ニルヴァーナのフロントマンが自殺した、その物語……と書くとあるいはもっとドラマティックなものをと期待されるかもしれない。しかし、それはお門違いというもの。『エレファント』と同じテイストを備えており、暖かさ/温もりは感じられない。冷ややかで、それでいて突き放したようなところがない。微妙なヒューマン・タッチとでも呼ぶべきものが備わっているように感じられる。だから、この映画ではカタルシスがない。オチがつかない。「ラストデイズ」の現実なんて、栄光を手にしたミュージシャンでさえもこんな死を遂げるのだ……と言わんばかりの諦念が溢れている。

私は(と、いきなり自分語りをするが)宮台真司の「終わりなき日常」という言葉が好きだ。「終わりなき日常を生きろ」……だが、なんにせよ人は死によってその生を閉じる。だから「終わりなき日常」なんてものはないのである。あるとするなら私が死んでも世界は存続するという端的な事実だ(まあ、マクロなことを言えばいずれこの宇宙は消滅すると語られているが)。だが、「終わりなき日常を生きろ」という言葉は私にとって福音のようにも思われる。不謹慎を承知で言えば、どんな災害が起ころうと悲劇が起ころうと「日常」は続くのだ。

その意味では、『ラストデイズ』は「終わりなき日常」を描いた映画と言って差し支えないのではないか。どんなミュージシャンであっても、どれだけ大規模な栄光を手にしたとしても、それは「日常」の内側にすっぽり呑み込まれる。退屈な、鈍痛すら感じさせる「日常」……その「日常」の中で幸せであること、幸福であることに麻痺してしまいやがて慣れてしまう。そうすればもっと刺激が欲しくなるが、その刺激的なはずの「非日常」もいずれ「日常」に呑み込まれる(そう言えばこの映画ではドラッグが出て来ない。セックス・ドラッグ・ロックンロールとはかけ離れた世界が描かれるだけだ。これは意図的なものだろうか?)。

そう考えてみれば、この映画のフラットな感覚こそがむしろリアルなのではないか。この映画を凡庸なミュージシャンの自殺を描いた映画と見做すことも容易いし、そう評価したくなる気持ちも分からないでもない。だが、私はその凡庸さの中に非凡さを見出してしまう。凡庸なリアルを極めて冷徹に描いた、「間」の取り方が見事な映画。私にとって『ラストデイズ』とはつまりそういう映画だ。ガス・ヴァン・サント、なかなか曲者であるようだ。彼が幸福を描くと何処か陳腐なものに堕してしまう印象を受けるのだが(だから、あまり『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』は好きな映画ではない。『追憶の森』も同じく)、悲劇を描くと際立つ。ユニークな個性と言えるだろう。

とまあ、今回の感想文は私語りで終わってしまった(いつものことじゃないか、と言われれば返す言葉もないのだけれど……)。ロングショットで撮られる冒頭の森の場面の見事さについて語る言葉を私は持たない。あるいは、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドが流れる場面の退廃した空気について語ることも難しい。それらはこれ見よがしに撮られるわけではなく、さり気なく撮られるのだ。作為が感じられないところもガス・ヴァン・サントの個性、と言えるのかもしれない。これが貶し言葉に聞こえないことを祈るが、適度に手を抜くことが巧い監督と言うか……。

作為のなさ。我ながらこんな言葉が飛び出してしまったのでびっくりしている。そうだ。ガス・ヴァン・サントの個性とはつまりどんな作為も感じさせずに世界を表現すればどうなるか、ということに挑んでいることに尽きるのではないかと思う。それが、後味が悪い映画を撮り続ける例えばミヒャエル・ハネケの映画とは異なる。ハネケが作為を凝らして悲劇を撮るのに比べて、ガス・ヴァン・サントはどんな作為も持ち込まずに「日常」を描く。「ラストデイズ」……「最後の日々」。なかなか興味深い逸品だと感じられた。