山崎まどか『優雅な読書が最高の復讐である』

優雅な読書が最高の復讐である 山崎まどか書評エッセイ集
 

乙女であることは、ことに依るとマッチョである以上にタフネスを必要とするのではないか。外部の、取り分け野郎の干渉から抵抗して、己の美学を磨き上げるわけだから。山崎まどか氏の著作を読んでいると、まずなによりもそのタフネスに感心させられる。声高になにかを主張するわけではない。ただ、凛として己のペースで本を読み、映画を観て音楽を聴く。その佇まいが不思議とこちらの胸を打つ。それは何処までも真摯でそして丁寧だ。ひとつひとつの作品に対して丁寧に接し、決してあっさりと消費しないで己の中に取り込んで、そして蚕が糸を紡ぎ出すように美しい一本のコラムを書く。それはザ・スミスが一曲一曲丁寧に己の美学を形作って行ったのと似ているようにも感じられるのである。

『優雅な読書が最高の復讐である』を読み、私は改めて唸らされてしまった。私自身の怠慢がバレてしまうのだけれど、本書で紹介されている本を私は全くと言っていいほど知らない(読んでいない、というだけではなく「知らない」のだ)。山崎氏がフォローしている領域はどんなに広いものなのか、読んでいて愕然とさせられる。山崎氏の単著や長谷川町蔵氏とタッグを組んで書かれた著書を読んで山崎氏の勉強量の凄さは予め知っていたつもりだったのだけれど、こうして一冊の本に纏め上げられてしまうと改めて言葉を失ってしまう。しかもそれでいてイヤミなところがないのだ。著者が本を好きであることが、鬱陶しくなく伝わって来る。

本書で拾われているのは、主にアメリカの若手作家の作品を中心とした作品群である。これは別段不思議なことではない。先述したように長谷川町蔵氏とアメリカのユース・カルチャー/ヤング・アダルトな映画やドラマを論じた著書を書いている山崎氏である。だから彼女の専門領域に著作のセレクトは偏っている。未邦訳の著作なども積極的に紹介されていて、山崎氏のアンテナの鋭敏さには唸らされざるを得ない……さっきから唸ってばっかりなのだけれど、文系の女性のセンスの良さ、私のような田舎者には決して真似出来ない都会の女性のソフィスティケートされた感性と知性がここでは発露されている。それはフリッパーズ・ギターの音楽にも似て、一種の「芸術」の域に達している。

固有名詞を羅列した、情報量の多い文章……悪く言えばそれだけペダンティックで人を選ぶ一冊、ということになる。だが、私は悪く言いたくない。本書を読んで私は早速B・J・ノヴァクの本を読みたくさせられてしまった。本書が切っ掛けでそうして知らない作家に出会えること、それこそがなによりの喜びなのではないか。この本は鬱陶しくない程度に私を語り、なおかつ作品についても真率に語っている。なかなか真似出来ない芸当だ。このヴァランスの良さは天性のものと言っても差し支えないのではないか。とってもスマートでお洒落で、そしてどこか高貴でツンと澄ましたところがある一冊。私は本書をそのように受け留めた。

それにしても著者のフォローの幅の広さには驚かされる。いや、「乙女」というキーワードで全て結びついてしまうからなのかもしれないけれど、多和田葉子『聖女伝説』やミランダ・ジュライ岸本佐知子氏からヴァージニア・ウルフ、そして現代のアメリカ作家……自由自在にジャンルを飛び越えて山崎氏は本を読み、そしてそれを一篇のコラムに仕立て上げてしまう。それはとても分かりやすくこちらを唸らせる(まただ!)出来となっている。私は山崎氏の世界を踏み荒らす野郎の側に居る人間なのだけれど、そんな野郎が遂に持てない芯の強さを備えているように感じられた。これは是非森茉莉を読んでみたい……と思わされた次第。

本書は例えば白いページとピンク色のページ、青色のページとカラフルな構成になっておりそれもこちらの目を引く。むろん著者の意図的なものなのだろう。読ませる工夫が施されており、比較的スムーズに読める。このあたりもまた唸らされるポイントになってしまった。お洒落……他に語彙がないのでどうしてもこうした貧しい表現になってしまうのだけれど、山崎氏がこうした喩えを嫌うかもしれないことを承知のうえで言えばアズテック・カメラやザ・スミスといったグループが繊細なコードワークでこちらを惹きつけるように、技巧を凝らしてこちらを読ませようとするアートワークとなっている。そう考えてみれば表紙もまた潔くてお洒落ではないだろうか。ジャケ買いする読者も多いのではないか?

本書はもちろん「乙女」、つまり池澤春菜氏のエッセイを好んで読む読者にお薦めであるのだけれどそれと同じくらい柴田元幸氏や岸本佐知子氏、あるいは松田青子氏や鴻巣友季子氏といった翻訳家やエッセイストを好む人にもお薦めしたい。アメリカ文学の最先端の潮流を知ることも出来るし、オールドスクールな日本の少女文学を知ることも出来る。本書を片手に古本屋や図書館、そしてもちろんリアル書店を探ることで本書の魅力は倍増するだろう。上品で真摯な、そして切実な筆致はこちらの胸を打つ。イヤミになることなくこちらを読書の愉悦に誘うという意味では、なかなか侮れない一冊である。フリマで買った服でお洒落をするような感覚で楽しむことをお薦めする……と書いて、これ以上の言葉が出て来ないことにまたしても唸りつつ、強引にこの文章を〆ることにする。