J・G・バラード『ミレニアム・ピープル』

どんな音楽がこの小説のサウンドトラックに相応しいだろう……そんな話題から始めるのは到底「書評」ではないだろう。でも、私はプロではないから良いのだ。だから勝手に始めさせて貰おう。例えば、『残虐行為展覧会』というJ・G・バラードの短編集の表題作で繋がるジョイ・ディヴィジョンなんてどうだろう。なんならニュー・オーダーだって良い。初期のデペッシュ・モード(ヴィンス・クラークが在籍していた頃)も捨て難い。レフトフィールドアンダーワールドケミカル・ブラザーズも良いな。バラードは都市の匂いがプンプン漂うのでザ・ジャムザ・クラッシュも良い……なんてことを考えつつ、最終的にプライマル・スクリーム『イーヴル・ヒート』を聴きながら読んだのだった。あるいは、ゴリラズも良いかな、なんて……。

J・G・バラードに対して良い読者ではない。『結晶世界』すら読んでいないのでその時点でお里が知れる、というもの。この長編も「目を通した」という以上の感想が出て来ない。ので、無理矢理音楽の話をマクラに持って来てしまったが、考えてみれば上述したバンドは全部イギリスから現れた存在であることに思い至る(そう言えばレディオヘッド、マンサンやザ・ポリス、マニック・ストリート・プリーチャーズも良いかな……いや、脱線はこのくらいにしておこう)。つまり私にとって、本書に描かれた世界は「イギリス」なのだ。解説文で渡邊利道氏はアメリカの同時多発テロがこの小説に与えた影響を指摘しているが、私はむしろ英国臭い小説、英国でなければ生まれ得なかった小説のように感じられた。

難解な小説かというとさにあらず。ミステリとして読むことが出来る。主人公の妻を殺したのは誰か? という謎を追い掛けたものとして。だが、私はあまりミステリとしての面白さ/旨味を追及する方向で本書を読むことは出来なかった。そういう読み方はこの作品には相応しくないように思ったのだ。あまりミステリとして読むとテクニカルじゃないかな、という……安部公房の小説があまりミステリとして面白くないのと同じように、バラードもミステリに見せかけて実はミステリではない世界を描いているように思われた。バラードが見せるのは(このあたり、安部公房も実は『砂の女』すら読んでいないので怠惰がバレるが)ヴィジョンなのだ。

バラードがこの小説で徹底して描写するのは、テロリズムである。しかもそれはあまり意味を為さないテロだ。大義のために行われるのではなく、徹底して無意味でシュールで「日常」的な……テロが日常と化した世界、と言って良いのかもしれない。このあたり、戦争が「日常」と地続きだった「第三次世界大戦秘史」を連想させるのだけれど、例えば通り魔殺人事件と同次元にまでテロが貶められた(!?)世界。そんな風景を連想してしまう。秋葉原で起こった無差別殺人を連想してみよう。あれも立派な「テロ」ではなかっただろうか。そして私たちはその殺人の徹底した「無意味」に唖然とさせられたのではなかったか。

というようなことを書くと、多分ブロック必至だろう。私も不謹慎なことを書いているのは分かっている。だが、バラードという作家は本来そういう「不謹慎」な作家なのではないか(と、またも不勉強を棚に上げて言ってしまう)。例えばウエルベックの隣にバラードを置いてみるとどうなるだろう? この小説で描かれている「テロ」の「無意味」でフラットな描写はアタマがクラクラしそうになる。あまりにも平板で、ハリウッドで展開される映画のそれのように既視感ありまくりな描写(ウエルベックは実は読んだことがないのだが、だとすれば村上龍五分後の世界』ではどうか?)。全ては情報としてのっぺりと提示されて、こちらの情に訴え掛けるところがない。キネティックで、なるほど大岡昇平を読み込んでいた影響はあるのかなと思わされてしまう。

たまたまこの駄文を書いている今まさに、ある通り魔殺人事件が報道されている。バラードの小説を現実が追い越したのか? それともバラードは現実を予告していたのか? と、「明らかに」関係のないフィクションとノンフィクション、虚構と現実が私の脳内でぶつかり合って(件の通り魔はドストエフスキー罪と罰』を読んでいたというが、まさかJ・G・バラードまでは読んでいなかっただろう)、不思議に「キョトン」とさせられてしまう。この想像を不謹慎だと嗤うなら嘲って欲しい。だが、バラードを現実に引き寄せて読む誘惑を私は抑えられそうにない。その誘惑の強度においてこそバラードは優れた作家なのだな、と思わされる。

今回のレヴュー/駄文ではいつもにも増して「不謹慎」なことを書いてしまった。妄想も甚だしい、と言われるだろう。まさしくその通り、だが、「まじめ」なバラード読解なんて私には出来ない。バラードはそんな「まじめ」な読みに収まらない作家ではないか、と居直ってこの駄文を〆ることにしたい。申し訳ない。