西成彦編『世界イディッシュ短篇選』

世界イディッシュ短篇選 (岩波文庫)

世界イディッシュ短篇選 (岩波文庫)

 

ユダヤ人が編み出した日常言語イディッシュで書かれた短編集――こう書くと、なんだか本書に対して忌避感を抱かれる方も居られるのではないか。ユダヤ人に対する知識はないし、小難しそうだ……というように。しかし、そんな忌避感で本書が手に取られないというのは非常にもったいない。それほど本書は興味深い一冊なのだから。

とは言え、何処がどう興味深いのかを語るのもまた難しい。西成彦氏に依って編まれたこのアンソロジーはイディッシュで書かれたという一点で繋がっているので、例えばエッセイ風の作品や神話的な掌編、寓話やオーソドックスな短編小説が含まれている。ヴァラエティに富んだ一冊であり、それだけこちらの期待を裏切るような作品集となっているとも読めるだろう。悪く言えばチグハグした印象を拭い去れない。そこをどう読むか、読み手としてこちらが試されている感すら感じさせられる。私自身最初はそれほど乗って読めなかったのだけれど、少しずつ作品が響いて来るように感じさせられた。じわじわと一編一編が甘口の酒のように効いてくると思ったのだ。

ユダヤ人をめぐる歴史について、こちら側はさほど詳しい知識を持っている必要はない。ディアスポラ……そんな難しい単語を知っていなくても本書は楽しめる。ただ、ユダヤ人が流浪の民であること、あるいはヒトラーの狂気の下にホロコーストを経験したことや差別を散々被って来たことは知っておく必要があるだろう。そうした迫害の歴史は民族の「血」というものを否応なく再認識させる。私自身は日本の中でぬくぬくと育って来たのでこれと言った黄色人種差別を被ったこともないし日本人の「血」を感じたこともないのだが、自分のアイデンティティを問い直させられた人々の作品として読むとそのオブセッション/強迫観念が強烈であることが分かる。

ハートウォーミングな短編は載っていない。例えば心温まる短編を求めて本書を読みたいのであれば、それは敬遠しておいた方が良いだろう。どちらかと言えばシニカルな、あるいは残酷なオチが待ち受けた救いのない短編が載っている。逃亡するテロリストの話、クリスマスの七面鳥が主人公の話、あるいはホロコーストと真っ向から取り組んだ話……どの短編もその意味では読者を選ぶところがあるのかもしれない。渋い短編集、という形容がしっくり来るかもしれない。エンターテイメント性に欠けるきらいはあるのだけれど、それでも読ませるのは翻訳者の方々の卓越した語学力故なのか。こなれた翻訳は不自然さを感じさせない。

私が本書を読んで気になったのは、日本語では既に邦訳が何冊も出ているというアイザック・バシェヴィス・シンガー。本書ではイツホク・バシェヴィス・ジンゲルと表記されているが、実はこの作家の短編は池澤夏樹編『世界文学全集』にも収められているそうで(「ギンプルのてんねん」という短編)、知らずに読んでしまった。私の不勉強を恥じた次第である。これを機に読んでみようと思った。他の作家の作品も面白そうなので、図書館を探るなりなんなりして読んでみようかなと思っている。こうして未知の作家と出会えるのも――陳腐な言い方になるが――アンソロジーの醍醐味というものだ。コンパクトでお買い得な一冊と言えるのではないだろうか。

繰り返すが、難しい本などではない。例えば柴田元幸氏が編んだアンソロジーを読むように(岸本佐知子氏でも誰でも良いのだが)、気軽に楽しまれるべき本だと思う。ユダヤ人のことなんて知らない? だったらこの機会に学ぶ、という程度の扱い方で良いのではないだろうか。そして、散々迫害を受けたユダヤ人のこと、上述したアイデンティティの揺さぶられ方を体験して来た民族であることを体得してそれからもう一度読む。それで本書はよりグッと身近に感じられるはずだ。反ユダヤ主義がネット上で――日本だけのトレンドであって欲しいと信じたいが――喧しい現在、本書は読まれるべき価値があると思う。

世界文学に触れる度に、私は自分の知っている世界が狭くてもっとワールドワイドな想像力を身につけなければと感じさせられる。そんな実感を本書でも抱くことが出来た。全ての作品を私は推せない。どれとは言えないが、つまらないものもあった。だがそれも上述した通りこちら側の無知故に「読めてない」可能性も高いので、いずれ時間を置いて再読することが肝要となろう。決して明るい気分になれないし、癒しも感じさせられない。ざらついたリアルをまざまざとこちらに見せつける短編集だ。悪く言えば玉石混交の感もあるが、それでも決して「敬して遠ざける」ような扱いになってしまってはもったいないというもの。より多くの読者の手に届きますように。