マリク・ベンジェルール『シュガーマン 奇跡に愛された男』

シュガーマン 奇跡に愛された男 [DVD]
 

結論から言えば、泣いてしまった。しかし、それをどうやって説明すれば良いというのだろう。

この映画はシクスト・ロドリゲスというシンガー・ソングライターをめぐる数奇な運命に関するドキュメンタリーである。シクスト・ロドリゲス、といってもピンと来ない読者は多いのではないか。私も、この映画を観るまではそんな人物が存在することを知らなかった。無理もない。アメリカでも無名に近い存在なのだから。

時は1968年。デトロイトで活動を始めていた彼は業界人の目に留まってスカウトされる。そしてアルバムを二枚リリースする。しかし、その結果は惨憺たるものだった。鳴かず飛ばずのまま彼は業界を去る。だが面白いのはここからだ。彼のアルバムは何故か南アフリカに渡る。そこでリスナーを獲得して、「一家に一枚」「マストアイテム」として見做される。当時の南アフリカアパルトヘイトの真っ最中だったので、文化的に鎖国していた状態。反差別を実現させるためのカンフル剤となって知れ渡り、広く影響を及ぼすことになる。

やがてアパルトヘイトは終わる。南アフリカの住民たち(例えば、この映画に登場するライターやレコード店店主)は衝撃的な事実を知る。「シュガーマン」として知られていたシクスト・ロドリゲスは、アメリカでは全く無名だというのだった。国民的大スターかと思っていたのに。しかも、彼の生死は定かではない。噂ではステージ上で拳銃自殺したとか……彼の死の真相を突き止めようと南アフリカのスタッフは立ち上がり、海賊版としてリリースされていたアルバムのカネの行方やコネを探る。そこで思わぬ事実に遭遇する……というのが、この映画である。

以下ではネタを割る。「シュガーマン」ことシクスト・ロドリゲスは、実は生きていたのだった。レコード業界から足を洗ったあとも、肉体労働者として慎ましく暮らしながら子どもたちを育てる。そんなシクスト・ロドリゲスの耳に思わぬニュースが入って来る。彼は時代からすっかり忘れ去られた存在だと自分のことを思っていた。だが、南アフリカでは彼はエルヴィス・プレスリーよりも有名な存在だというのだった! そして彼は南アフリカでツアーを敢行するまでに至る。それがこの映画のプロットである。

私自身、この映画を初めて観た時はあまり期待していなかったのだけれど、それが幸いしたのか大泣きに泣いてしまった。それは四度目の鑑賞となる今回でも変わらない。人生において曲がり角に至ると、私はこの映画を観るクセがついてしまった。この映画はそれだけの力がある。アラはある。私自身はシクスト・ロドリゲスの音楽をさほど買わない。例えばドノヴァンやボブ・ディランのようなシンガー・ソングライターと比べると、彼の音楽は華がない。『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』の業界人の言葉を借りるなら、「金の匂いがしない」音楽なのだ。

だが、それがどうしたというのだろう。シクスト・ロドリゲスの生き方は、実に真っ当で誠実そのもの。どんな局面に追い詰められても腐らずに、自分なりの生き方を不器用に貫いて来た。その生き様も含めての「アーティスト」ではないだろうか。彼の生き方を考えると、私も腐ってしまいそうになるけれど真面目に生きなくてはならないなと考えさせられる。それがこの映画が与えてくれる最大の教訓であるとも思う。裏返せばその生き様に裏打ちされて作られた音楽は、やはりその物語性がなければ聴けない弱みがあるとも思うのだけれど……。

もう少し語るなら、今回の鑑賞でもやはりシクスト・ロドリゲスが南アフリカで熱狂的なファンを集めた切っ掛けをきちんと読み取れなかったかな、と思わされる。これは結局、移民が作った音楽だからというところに落ち着くのだろう。シクスト・ロドリゲスという名前が匂わせるように、彼は「移民」でありそのために差別を受けて来た。そのマイノリティの側から歌われる政治や文化、現実や理想が同じく差別に苦しめられる南アフリカの人々(専ら、意識の高い白人たち)を動かした、ということになる。それをもっと説得的に描けていたら、という弱みは見過ごせない。

しかし、繰り返すがそれもまた瑕瑾/瑕疵に過ぎない。今回の鑑賞でも私は泣いてしまい、今もシクスト・ロドリゲスが残した本作のサウンドトラックを聴いているところだ。何度でも言うが、彼の音楽を私はさほど買わない。だが、彼の生き方なら買う。誰でも真似出来るようで出来ない、ひとりの人間の芸術/アートと化した姿がここにあることは間違いない事実だからだ。私自身季節の変わり目だからか、死にたいとかもうくたびれたとか思って折れそうになってしまっていたのだけれど、この映画を観直してもう少し頑張ってみようかと思わされた。だからこの映画からこのブログを始めたいのだ。

更新頻度は不定期。しない時もあるけれど、それはそれで。