バリー・ジェンキンス『ムーンライト』

ムーンライト スタンダード・エディション [DVD]

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観終えたあと、唸らされてしまった。どう評価したら良いものか……と、黙り込むしかなかったのだ。つまらなかったからではない。つまらないものについてなら、即座に怒りの言葉を放つことが出来る(それはそんな作品を生み出した監督に対してでもあるし、そんな作品を観てしまった己に対してでもある)。面白いものでもなく、つまらなくもなく、中途半端というのとも違う、微妙な感覚……そんな感覚を私は『ムーンライト』に感じたのだ。そして、この作品が『ラ・ラ・ランド』を上回ってアカデミー賞作品賞を受賞したことの重みもまた、感じさせられたのである。

スジは単純だ。黒人(ニガー)のドラッグの売人が幼いいじめられっ子と出会う。そのいじめられっ子であるシャロンを自分の子のように可愛がる(確認しておくと、シャロンは名前に反して男の子である)。だがシャロンには実の母が居て、その母はドラッグに溺れている。シャロンはケヴィンという男友達と交流を結ぶ。シャロンとケヴィンは同性愛的な関係に陥る。だが、学校のいじめグループの指示でケヴィンはシャロンを殴らなければならなくなる。シャロンは復讐のためにいじめっ子を椅子でブチのめす……時が経ってふたりは再会する。そういうストーリーである。

最初、観ながらなかなかクセモノであるなと思われた。カメラが不安定に動いていたからだ。登場人物の体温の温もりを感じさせるかのように、カメラは生々しく揺れる。それは「ヒューマン・タッチ」という言葉をこちらに想起させる。人間らしさが滲み出てくる造りになっているのだ。

果たして描かれるのは、幾つものマイノリティとしての属性に由来する生きづらさである。黒人であること、ゲイであること、ドラッグの売人であること、いじめられっ子であること……そんな生きづらさを抱えたまま、内向的にいじめに屈するシャロンとそんなシャロンに抵抗する術/哲学を教えるケヴィンの友情は美しい。だからこそ、ケヴィンがシャロンを殴らなければならなくなるあたりはそのカメラワークの揺れも生々しくこちらに熱いものを感じさせるものとして到来する。

だが、同じような題材はこれまでの映画にも何度も描かれて来た。むしろ手垢がつくテーマと言っても過言ではないだろう。黒人であることの生きづらさ(この映画には、全くと言っていいほど白人は登場しない。学校を管理する人間も、恋人も、誰も彼も黒人である)。ゲイであることの生きづらさ。その他……そういったものはもう見飽きた、という人も多いのではないだろうか。だが、この映画は他の映画とは一線を画している。大西巨人言うところの「俗情との結託」がないのだ。

つまり、黒人を描くなら黒人らしいアイテムを散りばめるところをこの映画はさほどそうしない。ヒップホップやR&Bを流したり、黒人のクリシェに陥りそうな分かりやすいアイテムを登場させたりしない。いや、ドラッグのディーラーとして身を立てるあたりはそのクリシェにある程度までは寄り掛かっているが、こちらにすんなり派手に――これもまた頓珍漢な喩えになるが、例えば『ストレイト・アウタ・コンプトン』のような映画がそうしているような形では――「黒人」を表象しない。

ゲイであることも同様だ。彼らの関係は、繊細に描かれる。夜中の(「ムーンライト」が差し込む場としての!)浜辺で、シャロンとケヴィンは口づけを交わす。だが、それは分かりやすい形で「ゲイ」のステロタイプに寄り掛からない。上品に、そして地味に手堅く、彼らの関係は描かれる。観ながら思い出させられたのは、例えば(これもまた頓珍漢になるが)中上健次の小説だった。中上健次の小説が一見すると部落差別というマイノリティの戦場を描いているように見えながら、しかし「俗情との結託」を回避しているのにも似ている。そんな共通項を感じたのだ。

中上健次の小説を持ち出すのは、私だけかもしれない。幸か不幸か私はプロフェッショナルな映画批評家ではないので、こんな頓珍漢を許していただくことにする。中上健次の小説が男同士のホモ・ソーシャルな関係をテーマにしていたように、この映画もそういう男同士ならではのハードボイルドな関係を描いているように感じられる。だから、悪く言えば色気がないのだ。女性の美しさが欠けており、男同士のむさ苦しい関係を描くことに腐心しているように感じられる。その地味さをどう評価するかがキモとなって来るのだろう。

その意味で、『ラ・ラ・ランド』が人工的かつウェルメイドな、そして涙ぐましいほどにデーハーな造りであったことと比べるとこの映画の地味さは際立って感じられる。そして、このような映画がアカデミー賞作品賞を受賞したことには訝しさを感じざるを得ない。この映画を受賞させたことは、アメリカが他でもないこの映画を貫くテーマ(前述したマイノリティの苦悩)を疚しいものとして、社会問題として捉えているからではないか、と。そう考えるとなかなか悩ましいものがある。『ラ・ラ・ランド』を追い抜いたのは妥当だと思うが、しかしこれは果たして幸福な受賞だったのか?

黒人の「ムーンライト」に照らされたブルーな肌の美しさがいつまでもこちらの記憶に焼きついて離れない。なかなか難物を観てしまった、と思わされたのはそのせいだ。バリー・ジェンキンス、侮れない監督だ。