絓秀実『増補 革命的な、あまりに革命的な』

増補 革命的な、あまりに革命的な (ちくま学芸文庫)

増補 革命的な、あまりに革命的な (ちくま学芸文庫)

 

遂に絓秀実氏の著作を文庫で読める日が来たのか、と嬉しくなってしまった。高校生の頃に斬新だった(なんだったら前人未到と言っても良い)「チャート式」文芸批評を行っているのを読んだことに衝撃を受け、また小林よしのり宅八郎の論戦や筒井康隆氏の断筆宣言問題で果敢に論陣を張る姿に感服させられて以来一ファンとして――全ての著作を読んだわけではないにしろ――絓氏の足取りは追って来たつもりだった。この『革命的な、あまりに革命的な』(以下『革あ革』と略記)も単行本版を買って積んでいたのだけれど、結局読まないまま今日まで来てしまった。恥ずかしい話だ。今年が「六八革命」から五十年目にあたることから文庫化が実現したのだろう。なにはともあれめでたい話だと思われる。

本書は 1968 年に起きた世界的な革命をめぐって語られる著作である。この年は政治的な活動が起こった。日本では全共闘活動が起き国内が揺れ、文化的にもポップ・カルチャー/サブカルチャー(映画・文学・演劇など)で不可逆的な変容が起こった。絓秀実『革あ革』はその変容を例えばラカンジジェクドゥルーズガタリを用いながら読み解こうという野心の表れである。なにかにつけて「六八革命」に触れて来た絓氏だが――絓氏自身当事者として 1968 年を生きただろう――この本は言わばライフワークと言える。

と書くと難解な著作を連想されるかもしれないが、別段ラカンジジェクを知っていないと読めないという本ではない。絓氏の著作は論理のアクロバット/不真面目さで読ませる面白い本が揃っている。見掛けは難解に見えるかもしれないが論理をきちんと筋道立てて読み進めて行けば絓氏の論理が柄谷行人氏よりも明晰であることが分かるはずだ。戦後民主主義やニューレフト、全共闘といった背景を知らなくても(もちろん、知っているに越したことはないが)スラスラと読めてしまう。私自身不勉強な読者なので、本書から教えられることは多かった。

ひと口で言えば、今では回顧の対象となり「黒歴史」となってしまっている左翼の活動が今なお見直すに値するアクチュアルなものであることを指摘している。それに尽きるだろう。その一点を確認するために絓氏は大江健三郎を論じ詩を論じ、演劇に触れあるいは経済学を引っ張り出す。絓氏はさり気なく全共闘について触れている大塚英志氏の論考などに触れて連合赤軍をめぐる問題を論じてもいるのだが、ややもすると単にセンチメンタル/感傷的な昔話に陥ってしまうところを辛うじて回避して今なお「六八革命」が続いていることを確認することに終始している。だから悪ノリ感はそんなにない。笑える場所があるのが絓氏の著作の良いところだと思うのだけれど、本書にはそういうところはない。その点、やや期待外れな印象をも抱いた。

「1968」をめぐって小熊英二氏や四方田犬彦氏といった論客が著作を発表している。読んでいないのでフェアに対比することは出来ない。だが、例えば(なんの脈絡もなく挙げてしまうのだが)全共闘をめぐる言葉は先に述べたようにややもすると挫折した理想として語られてしまうことが多い。山下敦弘マイ・バック・ページ』のような映画、あるいは村上春樹ノルウェイの森』のようにだ。だが、それは「歴史修正主義」というものではないだろうか。あの理想を間違いだったとして全否定して日常に回帰すること、それは反動的/非現実的な営みではないだろうか。「六八革命」が恥だったとするならその恥をも引き受けるべきではないか……絓氏はそう語っているかのようだ。

本書はその意味では「恥」をも全面的に引き受けて、ひとりで(本当に「たったひとりで」)「六八革命」の永続を引き受けている著者の野心が伺える。私は当時を生きていたわけではないので、絓氏の歴史認識や文学論が何処まで正鵠を射るものなのかもちろん確認のしようがない。難を言えばこの流れで大江だけではなく中上も論じて欲しいと思ったところだが――中上健次が名前すら出て来ないのは残念に思う。中上もまた「六八革命」を引き受けた作家ではなかったか――瑕疵に過ぎない。二読・三読に耐え得る、時代の流れに呑み込まれて古びてしまうことのないマイルストーンとなっているのではないかと思った次第である。この流れで絓氏の初期の著作が文庫化されることを期待したい。

近年の絓氏は、『早稲田文学』の金井美恵子特集号に寄せられた文章でも思ったことだが本当にしつこく「六八革命」に拘泥し続けている。ということは文学で言えば金井美恵子や先に述べた中上、深沢七郎あるいは(やや時代が遅れるが)村上龍といった作家を引き受けて――あるいは後藤明生も?――論じる覚悟があるのかもしれない。金井美恵子にいつもやられっぱなしという印象を抱く絓氏が、ここで刺し違える覚悟で金井美恵子論を書いてくれれば面白い……そう思いつつ拙い筆を置く。