デヴィッド・ロバート・ミッチェル『アンダー・ザ・シルバーレイク』

アンダー・ザ・シルバーレイク [DVD]

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デヴィッド・ロバート・ミッチェルの映画は御多分に漏れず私も『イット・フォローズ』のヒットで知った。『イット・フォローズ』はスジとしては陳腐なヴァンパイアを連想させるモンスターに怯える青少年たちの日常を描いたものであって、珍奇なところはなにもなかったのだけれどその撮り方においてなんらかの才能を感じさせるものであると思われた。これについては再鑑賞してから確認したいので今は語るまい。その後『アメリカン・スリープオーバー』を観て、これは侮れない監督だと思った。そして『アンダー・ザ・シルバーレイク』を鑑賞した。いや、これほど「化ける」とは!

この映画は分析不可能だ。名立たるシネフィルたちに混じって私も「この映画はデヴィッド・リンチ的だ」「この映画は『ラ・ラ・ランド』のダークサイドだ」と呟いてみようか。しかし、そんな既知の固有名詞を並べ立てたところでなんの意味があろうか。既知の分析/語彙で整理出来ない、必ず余剰があるシロモノをこの監督は撮ってしまったのだ。それがハッタリであるとするなら、これほどのハッタリをかます度胸は凄いとしか言いようがない。もちろん、私はハッタリだと思わない。他の誰にも似ていない世界をこの監督は作ってしまった。そう断言したい。

映画のテーマとなるのは「なんらかのポップ・カルチャーが裏側に溶かし込んでいるメッセージとはなにか?」という事柄になるだろう。平たく言えば陰謀論だ。だがまずストーリーを整理しよう。主人公はロサンゼルスに住む、無職と思しき青年のサム。彼はふとした切っ掛けで、彼の隣に住むある女性と恋に落ちる。サラという名の彼女はしかし、次の日には引っ越してしまっていた。この失踪を怪しむサムは、サラの行方を探す。それはロサンゼルスで発生したセレブの殺人事件、引いてはこれまでのポップ・カルチャーの歴史さえも揺るがす大きな陰謀に触れることであった……というのがプロットだ。

陰謀。なんとも怪しげな言葉ではないか。この映画は私の見立てでは監督が全て勉強して、全て消費し尽くして来たポップ・カルチャーが――かなり未消化なまま――吐き出されている。私が分かる範囲ではリンチと『ラ・ラ・ランド』、そして R.E.M. や(この映画で流れる「What's The Frequency, Kenneth?」という曲こそ、陰謀をテーマにした曲なのである!)ニルヴァーナ、それくらいだ。あとはセルフパロディの色合いも濃い。『イット・フォローズ』にさえも目配せをしつつ、監督は独自の境地をひた走る。いや、これはやられた。

メッセージを読み取ろうとする身振りこそが、時には笑うに笑えない喜劇、もしくは悲劇になる……この映画の素人探偵ぶりは例えば竹本健治の小説『匣の中の失楽』にも似て本当に頭でっかちで、結論さえ合理的であればどんな辻褄合わせだって厭わないと言わんばかりなのだ。これまで意味深なメッセージを隠し持った映画は多々作られた。実はそんなものはないただのハッタリであったものも含むと、かなりの数が該当するだろう。だが、メッセージを読み取る身振りそれ自体の滑稽さをテーマにしたのはなかなか冴えていると言えないだろうか。ここでトマス・ピンチョンを引き合いに出せないのが私の限界なのだが――。

とまあ、小難しいことを色々書いて来たがそんなことは分からなくてもこの映画は楽しめる。この監督の繰り出す悪ノリ/出鱈目に乗っかれば良いのだ。その意味ではストーリーテリングは実に巧みで、日本で言うところの町田康舞城王太郎の域に達していると言えるだろう。常にこちらの裏をかいて進行する謎また謎、なんでもありのミクスチャーに溺れられるかどうか。そこでこの映画の良き観衆になり得るか否かが試される。しかも、先にも書いたがこの映画は他のどんな映画にも似ていないのだ。こちらの想像を超えるエクストリームな体験……それに匙を投げるか大人しくつき合うかはあなた次第だ。

もちろん、映像も美しい。スローモーションで捉えられた映像、あるいはプール/水の表現……『アメリカン・スリープオーバー』『イット・フォローズ』でも海辺やプールを印象深く描いていた監督だが、そういう組み合わせ/相性はバッチリなようで特にこの作品は予算が掛けられているので、上質の映像体験を味わわせてくれる。この才能、今のうちに評価しておかないと勿体無い(たとえこの映画でこの監督が終わるとしてもそんなことは知ったことか!)。私は脱帽してしまった。いや、恐ろしい監督の登場だと思わされた。

むろんアラはある。主人公のボンクラさを描けていないこと、恋愛に説得力がさほど感じられないことだ。人間を描けていない、という陳腐な表現でこの映画をぶった斬ることも可能だ。だが、そのフラットさも計算づくで撮られたのだとしたら? そこまで考えると末恐ろしい。